しょぼん…

「大股で5歩普通に5歩を3回。」

はい、やってみます。

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子どもにもどる

野口整体の活元会にいってきました。

自然療法などとともに興味があって本は読んでいたのですけれど

これも先生との相性とかご縁とかとか思いなかなか行けずにいたのですが、

やっと縁結びしていただけるかたに出会えたということです。

くわしい説明はいろいろありますが 今回はまずみなさんといっしょに

お話を聞いて 活元運動。

準備運動のあと 踊り?動き?傍から見るとかなり怪しい。(苦笑)

ようするに自分の体の動きたいように動かしてあげる 

あくびがしたければあくびし ごろごろ寝返りをうつような動きになるかもしれず

人というものは年をとるにつれ 経験という錆をつけ

体を頭で動かそうとしてしまう。

そうすることでどこかしら体に無理をさせて不調をきたす。

だからちゃんと体が動きたいようにしてあげれば

おのずと自分でバランスをとる。ということなのかな。

なにぶん初めてなので 開放とまでいかず。

なんだか不自然な感じ。まだまだね。

でも そういえば、私というひとは ひとと話してくつろいで

くるとゆ~っくりからだを揺らすのだと指摘されたことがあった。

そして眠る前も足先を右左違うリズムでゆすりながら眠っていたいたことを思い出した。

そういつから動かさなくなっていたんだろう。

家族でいったので子どもたちもいっしょだったのだけれど

子どもというのは本来それ自体活元運動しているので

習うものではないのだそうです。

そしてわが子たちはちゃんとできてる子達だと。

よかったです。

子どもにもどりましょう。

そうすればちゃんと力はからだが持っているのです。

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体調悪しでも前向き

とは旦那さまのセリフ。

仕事に復帰して以来 ずっと不調。

覚悟はしていたもののやはりつらい。

そんなこともあり いまだ仮契約、ようするにアルバイト

会社にしても不安定要素のまますぐ再雇用というわけ

にもいかないし こちらとしても このままずっとかと

いわれるとどんなものか。

経済的にはかなり厳しいのではあるけれど

とにかく大事なのは からだであるし こころである。

いまできることを 自分でも無理しないように

外に対しても無理させないようにしてもらえるように。

それが一番難しいのだ…

なんとかなるならこうはなっていないので。

GW明けお疲れモードでかなり落ちていたのが

お天気の安定とともにやや浮上したかな?

「体調は悪い、でも気分はおちてない。前向き」

仕事がすべてじゃないよといいつつ

それなりにやりがいもあったり 楽しみもあったり

労働条件なんてことをいうのは贅沢のような気がしてた。

でもいま こうなれば まずは自分のこと

仕事は仕事と割り切ってというわけではないけれど

目の前にある大事なもの 心地いいものを大切にして

「暮らす」ということが一番なのかもしれないのかなと思う。

:

この数日は 味噌汁。

農業体験でいただいた新鮮お野菜をどうおいしくいただくか。

おだしにこだわり 切り方にこだわりと

娘と研究に余念がない。(笑)

おいしいものをおいしいといただける幸せ。

おいしいものを大事に育てる楽しみ。

そんな「暮らし」が希望となって前向きになれる。

そんなかんじ。

妻として母としてはそんな姿をながめながら

おいしいお味噌汁ができるのだから

ありがたいこと。がんばってね。

ごはんがおいしいのがいちばんです。

スープと音楽と、

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おまじない

くすりを使わないということで 

歩いたり陽にあたったり 体を冷やさないようにしたり

思いつくこと いろいろやっているわけですが

やっぱり一番は 食べもの。

すっかり冷蔵庫にお肉牛乳ヨーグルトなんていうものが

ないのにもなれたよう。

まったく食べないこともないのだけれど

先日のアースデイでも 家族で一番好評だったのが

マクロビ玄米プレート。

赤米&黒米のもちもち感と 大豆のから揚げは

母として マスターせねばなりませんなあ。(笑)

もともと山へ行くときの携帯食で ふだん歩くときも

おやつ代わりに リュックにいれておくのが

ドライフルーツとナッツ類。

いまのブームはドライいちじく。

子ども達はおいしいのが分かるらしく

国産のいいのの時は特別減りが早くてまいってしまう。

そんな中 お約束なのが アーモンド。

まだ食べ物チェックにこっていたころ

「気を補い 骨を丈夫にする」

「脳神経の活力向上作用」

「精神を安定させる作用」

なんていうの書かれては…

それからは日課。

食べすぎもよくないということで1日10粒 とはいえ

お母さんに隠れて食べてるんじゃないかなあとは

思うのだけれど

歩きだけのとき あと一歩という感じだったのを

とりあえず これで乗り切った感じ。

だからってこれだけってこともないのだけど

「落ちてる」と思うときはいつもアーモンド切らしてて

買ってくると復活。

まあおまじないみたいなもんだけど

月の満ち欠けも気圧もといろいろ自分以外のことを探すことで

こころの中の犯人探しを少しでも忘れるんだったらいいのかも。

いやもっと前向きでいいんだけどね。

梅醤番茶とアーモンドが今の毎日「おくすり おくすり」

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固くなる

あれ以来 心が閉じたままだ。

よくいえば冷静、まあ私的には

“閉じている”

自分で自覚しているので

とにかく言葉だけでも前向きに、とつとめているのだけれど

このカラ元気を コメントででも書いてしまっているのでは…

と反省しているところ。

がんばっているのに「がんばれ、がんばれ」って

ほんとにほしいのは「そうだね。」って聞いてあげることだろうに

こうすれば ああすればって そんなことばかり。

でも今の私は

「そうだね。たいへんだね。」って言葉より

「がんばろう。」っていう上をむいた言葉がほしい。

でも他の人にどう声をかけてあげればいいのか

心の固くなっている私には

言葉が見つからない。

ここにいるよ。

それだけじゃだめかな。

:

:

こころの風邪はいかがですか

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家族

キツイ、冷たい、優しくない、

思いやりがない、分かってくれない

分かろうとしてくれない

結局自分のことだけじゃないか

この数日 夫の体調が良くない。

天気が崩れだす時はいつもだし

ここのところ人にあうこともあり その疲れが出てきたところ。

それでもこれまではここまでは口にはしなかったし

ほんとに穏やかにしていたものだ。

やっとといえばやっとそんな言葉が出てきたのは

私が優しくしてあげなかったこと?

ほんとうなら今頃はどんなからだの状態であったにしろ

新しい地で新しい暮らしを始めていたかもしれない。

それをなしにしてここにいる、それが間違いだとは思わない

ここにいたから考えられたことはある、

あのとき逃げなくてよかったんだ、そう思う。

でもそろそろ時間切れ

彼の心は“自由”のなかで押しつぶされそうだから。

人が羨む自由のなかで動けなくなっている。

私はずっと“母”であった。

黙って見守り包むこと それが私の居場所であったし

彼の求めていることだったし。

恋する女でも 声を荒げる妻でもなくて

母であること。

恋する女になった私は 声を荒げる妻になってみた。

だってなんか言えというから。

なにを言っているか分かりませんね。

私も分かりません。

美しいだけが家族でも夫婦でもなくて

それだも本当に厳しくできるのは家族で夫婦だから。

そうでなくてはいっしょにはいられないでしょう。

それでも そう結局自分のことしか考えていないのかもしれない。

なんて つまらないこと。

あまりに体調が悪かったため出た言葉。

わかってはいるけれど…

わけのわからないひとりごとでしたね(苦笑)

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ちょうどよくなる。

食生活を変えてかわったことのひとつに体重。

20数年変わることなく これが“私”なんだと思っていた。

この数年少し腰まわりが らしくなってきたのも

まあ年頃だしなんて。

何年か前に買ったスーツ。

この世代のスカートのラインにやっとはまり「これかあ~」と納得していた。(苦笑)

歩くようになり 玄米菜食になり からだの声を聞くようになると

するすると ほんとうに するするという表現が似合うように

体重が落ちてきた。

歩くようになり とはいえ いままで体を動かす仕事をしていても変わらなかったのだから、

やはりどこかのスイッチが入ったのかもしれない。

あの私はどこへ行ってしまったのか。

もう思い出せないかも。

体が これがちょうどいいんだよって言っているから。

体がちゃんと知っているから。

ちょっとよそ見しちゃっても ここにもどってくればいい。

そんなものを見つけたのかも、

きっと まだほんの入り口なんだろうけどね。

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専属なので

自然のちからを信じている私です。

でも東洋医学にはとても興味はあるのですが 

鍼灸 気功、整体など 自分の体をお任せできるような出会いはまだありません。

野口整体の創始者、野口晴哉先生の考えはとても通ずるものがあり、よく読ませていただいています。

(夫は整体とともに男性としても生き方などとても興味があるようですが…)

夫の気功も同じ考えを持っていらっしゃる先生のところへいきましたが

私自身はなかなか。

いまでこそ”ふつう”に暮らしていますが 

アトピーのひどかったときは本当に人に触られること見られることが苦痛、

自分の苦痛よりも相手に与えているかもしれない不快感を思うことがつらかった。

幸いなことにわたしは”顔だけ”は なんともなかったので 

とにかく体は”隠す”ひたすら”隠す”

そうすれば”ふつう”でいられるから。

そんな毎日でしたね。

今はそこまで頑なではないですけれど やはり苦手、

そこまで周りのひとが自分を気にしてないことも分かってきたし(苦笑)

でも緊張してしまうのは変わらないですね。

なのでもっぱら”専属”にお願いしています。

体育会系でもありケガも多かったらしく 

整体、鍼灸、マッサージとお世話になる機会も多かったらしいのですが 

才能なのか体質なのかツボをよむのが上手いらしく、

肩もみ係と重宝されていたこともありましたね。

私からすると とにかく”安心”できることでしょうか。

”お手当て法”ということで 生姜湿布、こんにゃく湿布、

里芋パスターなど 最近よく雑誌などで取り上げられていますね。 

だからといって めんどうとか 難しい治療術とかではなくて

我が家でも自然にやっていることです。

たとえば お母さんが子どもの具合が悪いとき 

その場所に”手を当てて”「早くよくなあれ」という気持ち、

子どもが その気持ちを感じ”安心し受け入れる”ことが 

体の力を助け よい方向に向かっていく、

というのが”手当て”ということなんですよね。

そして自然の力を生かす、おかりすることでさらに良い方向に導かれるということでしょうか。

だから”専属”でいいのだと思います。

私より”私”を知っている人がいるというのは

なんだか不思議なことです。

(そんな彼なので 世の中にも”感じ過ぎ”てしまうようで 難しいのですけれどね。)

悪い波動を持っているときは 相手にも送ってしまうそうなので 

ただいま”休診中”

早く元気になあれ。

素人ながら(だから) ”気”の流れでおもしろい(?)体験をしましたが、それはまたの機会に♪

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食べないという選択

少し体が重い。理由は分かっているので調整しよう。

このところ子どもと私だけの食事が多くなってしまっている。

すこし食べすぎの感はあるものの 子どもだけ食べなさいというわけにもいかないので…ということ。

世の中全部”食べすぎ”なのだそうだ。

ものが溢れ 大人も子どもも 空腹ということがない。

(かたや今日食べるものもない人たちがいるというのに…)

健康ブームだとかで ”体にいい”となれば さらに「食べなくては」という気持ちがあおられ「食べなかった」ことが健康を損なうような気になり 満腹の体にさらに詰め込んでいる。

そうでなければ すきなものをすきなときにすきなだけ 勝手なものだ。

そんなときに たまたま図書館にあったこの本を読んで 彼が考えてしまうことになる。

それまでも いろいろ食に関する本は読んでいたが 医学書のように 勉強しなくてはという気持ちが大きかったのだと思う。

40歳からの元気食「何を食べないか」―10分間体内革命  

それまで 何を食べれば元気になれるのか。(もどれるのか)と考えていた彼にとっては衝撃であり 反省だったようである。

(今はもちろんやめた)煙草、お酒も人並みだし 家庭もあることだからそうそう悪い生活はしていないだろう。

体が悪くなったのも 仕事が忙しくなったこととそれにともなう人間関係、

そういえば最近PCやりすぎ、運動不足か…

なんて自分なりに納得し まずは休養と体力作りでもと考えていた彼にとってまったく考えていなかった”原因”が突然あらわれたのであるから。

昼食は弁当持参だったので”外食”という意識はまったくなく、それでいて

朝から晩まで日に何回も飲むコーヒー、さらに残業の空腹を紛らわす缶コーヒーに菓子パン、甘い菓子、それでも”きちんと”と夜中の食事。

自分の希望でしていたパン朝食、肉中心の食事。

それすべてが食べすぎであり胃を疲れさせさらに”冷やす” 

結果 体もそして”こころ”まで疲れさせてしまうというのだから。

”犯人”の姿が見えたことで もうひとつの霧も晴れたようである。

働きすぎなのか?こんなにやったのに=なんでみんなやってくれないんだ

どうして自分ばかりこうなるんだという疑問であり憤慨。

そんな考え方が少し変えてみれば

たしかに 立場的に人間関係も難しいし PCも多少人より多いかもしれない 不規則な生活は同じだし、(いや彼らのほうが 家庭のない分休日もかまわずもっと見た目”不健康な生活”かもしれない)

でも考えてみると彼らは”食べていない”のかもしれない。そして食べている自分が 食べることを心の豊かさであるように勘違いしていたのかもしれないと。

ちょっと荒療治だったかもしれないが 今までの自分の生活をそして他の人の見方を改めて振り返ることになったようだ。

そしてその流れから自然に彼も食養生やマクロビオティックなどの考え方を受け入れるようになる。(なにせ不調の”心当たり”がありすぎたので…)

すぐにすべて実践できるわけでないにしても、缶コーヒーをやめてお茶のポット、おやつ用に玄米のおにぎりを余分に、食欲がなければ少し量をひかえてからだの声に耳をすませる。

すっかり肉も乳製品も姿をみなくなったが そんなことを楽しんでいる風でもある。

食事というものは やはり自分の生活 考え方をうつしているのだと思うので、彼なりの”認知療法”だったのかもしれない。

少なくても彼は”食べなくてはいけない””(昔のように)食べるのだ””食べないことが悪くしている。”からやっと離れ ”(たくさん)たべなくてもいい”そのうえで 

必要のものだけ”選ぶ”という自由を得たようである。 

きっかけは彼のことではあったが 私のアトピーが良くなったのも 考えていけば

一人暮らしをすることで からだに必要な量だけ 取ることが出来たこと 

実家に帰ると悪化するのも 私に良かれという両親の思いだとしても ようするに”食べすぎ”

そういえば核家族だった我が家は昔から 肉 小麦 砂糖の多い家だった。(その分田舎なので野菜も豊富ではあったにしても)

子どもが生まれ 食事に気をつける 家族には食べさせるにしても なんとなく朝食を控えるとか 自分なりに”調整”できていたのかもしれない。

この正月はこれをふまえての里帰りだったので まったく悪化することもなく楽しく過ごすことができた。

(あいかわらず肉も菓子も勧めはするものの 彼のために食事に気をつけていることを伝えたので問題なく。

ただあちらの食生活にまで口は出せないので、娘としては まだまだ複雑)

自分から言わなければ 言っても あれほど ひどい肌だったなんて信じられないだろう。

不思議なことのようでもあり それでいてやっぱり パズルのピースがひとつづつはまっていくように だんだん絵が見えてきている気がする。

「病気になってよかった」とは良くなった人の話ではあるけれど

こんな私であったので 彼のことも自然に受け入れられたし 彼も病気をしたことで 私のこれまでを 少し感じられたようである。

だからまだ終わりではないけれど とりあえず「よかった」のだと思う。

  

 

  

 

 

  

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休みの終り

ホリスティックハーブ療法事典―日常生活の健康と症状にハーブの薬効を生かした決定版

(つづき)

そんな私たちがしなければいけなかったことは ”薬”を手放すことでした。

(これは私たちが”やってしまった”ことなので 必ずしもすべての方にしたほうがいいということではありません。きちんと薬を飲むことで好転していくもの 続けなくてはいけない病状はあると思います。ただこれが私たちの”選択”だったということです。)

ここに来ていただいている方の中には同じような状態のかたもいるかもしれませんが 私はあえて”病名””薬品名”は書いていません。

書いてあることでもっとわかりやすくなることもあるとも思います。でもそれはあくまでも 病院の中の区分でしかないと思っているからです。”病気”は”気が病む”ことです。そしてそれはひとりひとりまったく同じものはないからです。

子どもたちがかかる水疱瘡やおたふく風邪にしても 本の通りにはいきません。熱の上がり方タイミング 腫れ 湿疹 たとえ兄弟であってもおなじにはいきません。そのときにできることをしてあげるだけです。

アトピーにしても今は「ああアトピーね」と母親たちであれば通じてしまいます。それでも私が子どもの頃は アトピー=奇妙な 原因の分からない といわれるようにとても珍しくそれがさらに両親を悲しませていたかもしれないのです。

健康診断で”再検査”通知を受けたことで不調を感じるようになることがあるそうですね。そして不調を訴え”病名がつく”ことで”病気になる”こともある そんなことはないでしようか。不安の中どこかの”規格”の中にいたい その規格の中で癒されもとの生活に戻っていく人も多いでしょう。でも人の体はすべて規格通りにはいかない そして自分に合う規格を探すのです。(私の場合はつねに不調だったので当てはまらなかったのですが…) 

夫の”病名が決まった”ことで 私はいろいろ調べます。もちろん書いてある症状もあります。でも同じでもないのです。

もちろん病院にはいっていました。何もせずに会社を休んでいるわけにはいかないですから。それでも私たちは考えていました。

ちいさな会社です。病気だからとすぐクビになることはないでしょう、だからといって休んでいる人間を抱える体力もなかったのです。でも私たちには時間が必要でした。そこで”傷病手当”という方法をとることにしました。収入は今までの6割、経済的には厳しい それでも そこから「やっと休める」と思えたのです。

薬を手放すといっても この数ヶ月飲み続けたものが「じゃあさよなら」といくわけがありません。減らし戻ししているあいだ 再びゆり戻しと副作用に悩まされます。再びの不眠頭痛 もうずっとこのままではないんだろうか と思う日が続きます。飲み続けることは書いてありますが 減薬の方法はどこにも書いてないのです。

それでも ひとつひとつの変化を感じながら 小さな一錠をいくつにも割って それでもそのひと欠片を減らすことに一週間二週間の時間をかけてならしていくのです。あらためてどんなに薬のちからが強かったのか感じます。

そして バランス。幸いにも夫の薬は二種類 6錠ほど それも早い時期に2錠づつにしていました。それでも同じように減らすことはできず 最後まで 「頭痛は絶えられるけど この不安感はどうにもならない」といっていました。

(早い時期からそれぞれの薬についての効果効能それによる副作用をしらべていましたので、そうでなければ訴えた症状ごとにあと2,3種は増えていたでしよう)

そして少なくなくなればなるほど ゆり戻しが大きくなるようでした。1,2日飲み忘れて「このままいけるか」と思ったとき突然落ちるような感じ。彼曰く「やべまた(体に)ばれちゃったよ…」

こうして経過を書けるのも私が本人ではないからですね。「そんな感じで数ヶ月が過ぎました」と書いてしまえば一行ですが 「いつまでこんなこと…」と思う毎日でした。

そして今は薬は飲んでいません。症状がまったくなくなったということではありません。でもやっと『自分のからだ』が帰ってきた、こんな自分が自分ならこいつと付き合ってやろうと。

やっと今 ゼロに戻ったのです。

薬の話だけをしましたが そのあいだにも 食事 生活習慣 歩くこと マッサージ いろいろなことをしながら 一歩一歩だったのです。(その話はまた…)全部のことを完璧に出来ているわけではありません。それでもいろいろなことにであったことで自分なりに”選ぶ”ことができるようになったのです。

天気の変わり目は体を温め 月が満ちるのを静かに待つ。

気の長い話のようですが 自分のからだはけっして自分だけのちからでできているのではないのですから。いまは少しその声に敏感になっているだけかもしれません。

ゆっくり静かにからだのこえを聞いてみてください。

きっと聞こえてきますよ。  

 

  

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