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スイッチ

今の店は目の前にバス停がある。

市役所に続く道なのでこのあたりでも大きい道だと思う。

雑貨や木のおもちゃもあるので 

妊婦さんやベビーカーのお客さんも多いし 

そうするといっしょに小さい人も手をつないでいる。

楽しい時間を過ごし お見送りをした後

あらと見ると 小さい人の手を引き道をわたっていく。

もちろんバス停前だから横断歩道はない。

引きずられるように歩き転びそうになったり

何度あぶない様子を見たか知れない。

ついさっきまで 可愛い雑貨、すてきな生地と

楽しいお話をしていたのに 悲しいこと。

堅苦しく考えるほうではないと思う。

でも自分のからだのなかに「命」を感じたときから

私の中では「スイッチ」が入ったと思う。

いつも「命」に話しかけ

大きなおなかを抱えても いやそれよりもっと前

たぶん自分以外には気配も感じられないだろうときから

横断歩道を歩くとか 信号無視をしないだとか

あたりまえといえばあたりまえだけれど

ひとつひとつ大事にしたいと思った。

というよりできなくなった。

「つい」とか「今日だけ特別」はない。

これでいいやと思ったこと ついしてしまういいわけ。

でもそれは「彼ら」にとって特別ではないこと。

わたしがその姿を見せなくてなにが彼らの目印になってやれるんだろうか。

「母性」というものはどういうものかわからないのだけれど

この入ってしまった「スイッチ」をそういうのだろうかと。

それはみんなにあるものだとずっと思っていたのだけれど、

そうではないのかもしれないとも思い出して

わからなくなる。

「つい」と「今日だけ」「今だけ」が特別ではなくなって

あたりまえがあたりまえでなくなってしまう毎日。

どこにあたりまえがあるのか。

せめてわが子がと思う気持ちと

声をあげることは なにか驕りのような気持ちと

ただ黙って聞いているしかないのかと思っていた。

あたりまえを探すおとなたち

あたりまえを見失ったおとなたち

あたりまえをすりかえられたおとなたち

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