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空想する時間。

時間の重なりに憧れる。人でもモノでも。

「つくるひと」がすき。

職人の土臭い感じも 作家さんのような

すっとそこにあるようなたたずまいもすき。

(わたしの勝手なイメージではあるけれど。)

そこに紡がれた時間があるから。

金属の錆びたかんじ、使いこまれた布、朽ちる木

ずっとすきだ。

なんだか 流行っているのか 

隠れてたものがすがたをあらわしただけなのか

出会う機会がふえてうれしい。

反面 “っぽい”モノもあふれてて ホンモノってなに?

子どものころから 道におちてるようなモノがすき。

そのまんま写真撮りだしたら 写真学生にありがちな

「廃墟好き」系のくくり。

なんだろうと思うんだけど、まあいいや。

時間の重なりはそこにあることで それが美しく

運び込んだとき それは演出だったり 

虚像(ツクリモノ)に変わる。

そんな気がしていたのだけれど

そのモノが自分を選んでくれたとすれば

自分の中の空想の時間も

それはまた時間の重なり。

空想…

悪くないかもしれない。

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