« じぶんって | トップページ | よいお月さま »

大人というものは

策を練ることだと思っていたのかも。

人間というものは ほめられたいし認められたい

赤ん坊のあの天使のような微笑でさえ

親から周りの大人から愛され守られるよう

インプットされたものとかもいうし

(そうでなくてもわが子でなくても無条件に可愛い!)

生まれたときから 誰かと関わっていかなくてはいけない

自分の意思で動き回れるようになると

自分の楽しいこと嬉しいこと面白いことに夢中になる。

それが子どもというもの。

でもそれはイコールほめられることではなかったりするから

怒られようと突っ走るか。

幸運なことに耳に入らないか。(うちの子か?)

でなければ やはりどこかでうまくやっていかなければ

ならない。

ならない、ではなくてどこかでその術を身につけていく。

ほめられるのは嬉しい、でも自分の楽しいが

気に入ってもらえないなら

怒られないように上手にやっていくか、

いっそあきらめてほめられる道を探すか。

そうやってほめられるよう 認められるよう 売れるよう

目立つよう いや目立たないよう

策を練ってうまくやっていこうとする。

そうやって上手にやっているひとが「大人」なような

そんな気がしていた。

上手くやっていけない自分がなさけなくて

でも気持ちのないことばをするするを口から吐き出す自分はさらに哀しい。

そんなことをずっとやっているうちに

ほんとうに楽しいこと 面白かったことを忘れてしまう。

でもそれが年をとっていくことだと思っていた。

でも違うのかもしれない。

ほんとうの大人(なんてものがあるか分からないけど)は

ほんとうに楽しいこと面白いこと大事なものを

知ってるひと。

ずっとずっと

迷いもなくまっすぐ歩いていく人もいるだろうし

でも迷いながら探しながら思い出しながら

曲がってまがって寄り道して

そんなのもありかもしれない。

:」

今はゆっくりのんびり…もしてはいられないけど

探しながら思い出しながら

歩きはじめたところです。

それもよいとは思いませんか?

|

« じぶんって | トップページ | よいお月さま »

コメント

唐突に”失踪”していた河童です。
いえ、今は「クマ」とHNを変えました。


もう自分にはブログは必要なくなったな、と外に飛び出してみたものの、
そこは思ったよりもしんどい世界で、正直煮詰まっていました。

楽しいことに自分が改めて出会う可能性は、もうないのではと思ってた。
もう世の中のことすべて見聞きして、知った振りをして、
つまんないなぁ・・・なんてため息ついて。
でも、すべてを知ったなんて、人生そんな訳がないのです。

「思っていることはいってみて 楽しいと思うことは楽しんでみようと思う」ってフレーズに出会えて、”失踪”した非礼を省みず、やはりどうしてもそのはっとした思い、嬉しさのあまり何かをここに残したくて、大きな肉球の足跡をぺたんと。


はて、自分にとって楽しいこと面白いこと、大事なものってなんだったっけ?
自分は、まずはそこから。

投稿: クマ | 2007/09/25 02:15

クマさん
こんにちは&おかえりなさい♪
私もしばらく失踪みたいなものだったので、
へへへ、のんびりいこうと思います。
今はおもしろいです。
世の中には馬鹿みたいに一生懸命で 世の中のこと環境のこと真剣に考えてて
でもあきれるくらい面白いことを探してるひとはいるんですね。
すごいです。
私はまだまだだけど なんだよ こいつら~
それもありかなと思います。

投稿: kicco | 2007/09/25 06:32

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 大人というものは:

« じぶんって | トップページ | よいお月さま »