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同じ一日

片道3時間電車にゆられて

大好きな人たちのところへ行って来た。

都心のビル群を抜け平野に遠くまで続く家々を見て

寄せ集まった人の生活がこのままずっと終わらないような

そんな感じのままゆられていくと

突然 風景が緑にかわる。

刈り取られるのを待つばかりの穂を垂れた田んぼが広がる。

それでも線路沿いは遠くに大きなホームセンターが見えたり

昔ながらの駅前の風景と人の気配がする。

目的の駅におり小学校をぬけ 

空に広がるような大きな木にむかうように坂を登っていく

昔は茅葺きであったろう姿の家々を過ぎると

小さな山と山に囲まれた田、里山の風景が広がる。

そんなところ。

もうといえばもう、稲刈りが始まった。

なにをできるわけではないけれど

この実りの時、風にのる稲の香りに

立ち合わせてもらっただけで感謝。

鶏の声で目を覚まし えさをやり 

田にむかう父達を待ちながら母達は食事をつくる。

子ども達は木に登り 逃げた鶏を追いかけ

卵を集めいただく。

開け放たれた昔ながらの家には心地よい風が通り抜ける。

たぶん ただただ普通の毎日の生活なのに。

楽しい、うれしい、からだも心もよろこんでいる。

帰り道、娘の言ったこと

「泊まったのは1日だよね。もう1週間くらい行ってた気がするよ」

楽しいと時間はあっという間にすぎるというけれど

もっと楽しいと時間が止まっているようで それでも

何日分も自分の中でいっぱいになっていくんだということ。

ただ窓の外をながめても一日。

子どもに小言をいいながら過ごしても一日。

田からの風に感じながら自然に暮らす

それでも同じ一日。

あとはどこへ向かって行くのだろうか。

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