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ライバル

「子どもの頃からずっとなんです。」

という言葉を聞くとすごいな~と思う。

私はかなりの浮気ものなので…(笑)

基本は子どものころからなんにも変わっていない。

予想では今頃はもっとずっと“おとななひと”になっているはずだった。

そうではないね。いまだにこんなことをぐずぐず言っているとは。

気になるものはつねに変わっているかんじ。

でも少し離れてみれば たぶん変わっていないんだろうな。

大事なものには思い入れが強すぎる。

だから一番には触れることができなかった。

いつも少し離れているかんじ。

ショートケーキの苺。

大事にとっておいて 食べるのにどきどきして

結局あげちゃうみたいな。(ちょっと違う?)

優しい色が好きだったのに

おとうとに譲れるような色ばかり選んだり

そのうち なにがほんとに好きなのか

ほんとの自分が分からなくなってきた。

:

フィルムの入れ方も分からないのに

カメラひとつ持って出てきて。

でもシャッターをひとつ押すたび

それは“自分”だった気がする。

ひとにカメラを向けることはなくて

“壁”とか“空”とかばっかだったけど。

お母さんになって いとしいものができた。

でもそれは汚してはいけないもののような気がして

“自分”は撮らなくなった。

それはそれ 運動会とか けっこう重宝がられるし

それが“おかあさん”になることかななんて。

デジカメは苦手。

なんだかいまだによくわからない。

フィルムのときの 撮った瞬間に見える絵が

まだ見えない。慣れなのかなあ。

それにすぐ消せちゃうし。

でもそれもいいかなともね。

一人のときは 夕飯より フィルム代のほうが大事だったし

街に出るなら暗室にこもっていたかったし。

でも今はこのひとたちといることがしあわせだし

4人でおふとんにくるまっているの気持ちいい。

そろそろ部屋はちょっと狭いけど…(苦笑)

そんなさりげない時間をとっておくのにはいいのかもしれないか。

久しぶりに「ひと」を撮ってみて

「つくるひと」の顔はいいなって思った。

暖かくなってきたみたいだし

お散歩セットにカメラを追加してあげようか。

力をぬいて出かければ

今の“自分”が見えるかもしれない。

うちではこどもにも写真は好きに撮らせる。

いましかない視線がそこにはあるから。

息子の写真はどこか私の視線とつながって

それでいて 

たぶん私が忘れてしまったまっすぐな目があって

すごく好きなんだけど

すこしくやしいかも。

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