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実験

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すっかり畑好き子どもになってしまい

とりあえず おもしろいことしてみようかと思いまして。

石ころごろごろ まだまだ畑には遠そうなので

こちらで先発隊です。

いかがなことになるでしょうか?

ちなみに

畑班長はむすめ 石拾い隊は夫 

息子は幼虫とミミズ救助隊で

私は…    やっぱ監督でしょう。

あとは お楽しみになった皆さんの

お片付け隊でもあるのですけどね。(苦笑)

早く芽よ出ろ。早く芽よ出ろ。

草と見分けられるか

ちょっと心配です…。

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本日の収穫

大根 レタス 小松菜 サニーレタス かぶ

育ちすぎて小玉葱ちっくになったわけぎ。

今日は農業体験塾の初日。

市のJAの企画で次代の担い手である子ども達に

農業に触れてもらおうという試み。

ということで主役は子ども達。

夏休み前までの数ヶ月 地元も農家さんで実際野菜を

育ててみるということ。

そして自分の育てた野菜を収穫する喜びを感じる。

という企画なわけですね。(笑)

そんな感動的になるかわかりませんが

こんな身近で自然体験というのはありがたいですね。

今日のところは7月に間に合わせるため まずは

シートを張って えだまめの種まきでした。

あとは次回のためチンゲンサイの土の準備。

最初はどきどきの子ども達も 土を触りだすとやっぱり

子どもらしい感じですね。楽しそうだわ。

母達はというと ほんとは送り迎えでいいのですが

気のいい“先生”のこと

あれほれ これほれ ということで

わけぎむきむき 小松菜ぱきぱき

先の収穫になったわけですね。ありがたい。

こちらのほうが盛り上がってたかも。

自然にふれあうとかとかでキャンプにしても農業にしても 

子ども達に体験させなきゃとか思うのだけど

実際は親の世代もすっかり抜け落ちてしまっていること。

先日のアースデイのように 若い世代で関心があるひとは

土の生活に 飛び込んでしまったり とか 

雑誌とかも 自然な暮らしにむかっているけれど 

私達の世代

何もかも投げ捨ててでもないし 老後でもないし

でも 求めてはいるんですけどね。

“飛び込んでしまう”ことは宿題にしつつ

とりあえず 土にふれること忘れないように

楽しんでいくことです。 

だって楽しいし。

ミミズと格闘しながらとってきた 虫食い穴あり野菜

土にさわって おじさんの顔見てきた野菜は

どんな“肩書き”よりすごいよ。

なにしろおいしいし。

次の冬のための長ネギが もう小さな芽をだしていました。

夏をこえ秋をこえ まだまだ長い時間を過ごすのだそうです。

針の先くらいのかわいいやつ

がんばれってかんじです。

;;

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なんにもないけどぜんぶある

ブログをはじめて3ヶ月になる。

もうでもあるし まだでもある。

ブログというのはなにか特別な人のものだと思って

いたりもしたのだけれど 勝手な独り言を書きながら

何とか続いていけるもんだなあと

つねに三日坊主の私としては大進歩かもしれない。

田舎暮らしをしよう。ということで動き始め

とりあえずその記録と社会勉強としてはじめたわけ。

でもいろんなことがあって 結局ここにいる。

動かせない事情もあったにしても どこか“失敗”な

感じもなくはなく 自分がなにしているんだろうと

思うときも多かった。

なんにもないけどぜんぶある

田舎の暮らしを見てみて コンビ二もビデオ屋も

おしゃれなお店もないけれど

山もあって川もあって海もあって 

自然の中にはなんでもあるような気がした。

自分の周りのないもの探しばかりしていた。

でも

日本で3番目に小さい市なんだって?

川もあるし 畑もある 空も広い

子どもの声が聞こえてる。

おたまじゃくしをつかまえて

菜の花のじゅうたんをながめて散歩する。

高い山も渓谷もないけど

それなりにちゃんと 人の暮らしもつながりもある。

そういうこと。

たとえどこにいても誰にあっても 

文句ばっかりいってたらなにも見えないし

ちゃんと見てればいろんなことが見えてくる。

夫殿 最近は瀬戸内海の島もお気に入りらしい。

そんな夢を見るのも楽しいよね。

来週は山へ行って来ます。

今は“生活”ではないから楽しめること

だからこそ気づく自然のことを

考えていくのが私達の時間かもしれないですね。

まだまだ わたしたちにできること探しです。

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陰干し日和?

そろそろ庭のどくだみがいいかんじです。

洗って干して お茶にしたりお風呂にいれたり

なにかとしばらくあそべます。

むかいの畑のすぎなが気になり

土手までいけば野草食べ放題を感じつつ

とりあえず我が家の範囲で楽しみましょうか。

「がんばってるね~」なんて声かけていただいちゃって

ごめんなさい。“草取り”は今度します。

我が家的には自然な感じが好きなんですけどね~。

これが借家の辛いとこ

ボーボーな感じは近所迷惑らしいので

ほどほどにさせていただきます。

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おしごと

今日いっこ履歴書持って行ってきました。

なにせ学歴欄がずらり“昭和”が並ぶので見本がぜんぜん

参考になりませんよ。(苦笑)

すっかりパソコン生活なので ひさびさにしっかり字を書いてしまいました。(と言うほどパソコンもできないか…)

といっても「一応の連絡先を書いてください。写真もいいですよ。」みたいなゆる~い感じ。

近くの雑貨も置いているおふとん屋さんで

昼間3~4時間 お店番&おそうじ

それも週2かな~3かな~むちゃゆるいでしょ。(笑)

経済的にはもっとカツカツいっときたいのですけど

そのカツカツで去年1年間のことになったわけなんで

いかにゆる~くしていくかが我が家の今の課題。

働くお母さんは大変なんです。すごいんです。

こんなぽけぽけかーさんがそんな人たちのように

なろうと思ったらすごくがんばんなくちゃいけないし…

たぶん私にどっちもは無理。

ほんとにそのときがきたらそんなことは言ってられないけど

今はまずやっとこがんばり始めた夫殿を 

ちゃんとお迎えできるおうちにしとかないとね。

なんて学校の仕事にはまって そのままになってた流しを

片付けてくれたのもだんな様。

ほんと申し訳ないです。

でもいらいらし出すとばたばた片付けを始めたり なべ磨きをしてしまう私。

ゆる~いくらいが平和な証拠のようです。(笑)

さてさて今年もPTA活動が始まりました。

昨日も今日も学校です。

お勤めも専業主婦も関係ありませんとはいえ

両方とも厳しいのですよ。

子どものためとはいえ結局親同士、おとなの人間関係

数年前はまってしまいひきこもっちゃった私。

いかにこの1年間

今度こそ楽しく過ごせるか考えなくてはね。

さて“お店番”いかがなるでしょうか。

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おまじない

くすりを使わないということで 

歩いたり陽にあたったり 体を冷やさないようにしたり

思いつくこと いろいろやっているわけですが

やっぱり一番は 食べもの。

すっかり冷蔵庫にお肉牛乳ヨーグルトなんていうものが

ないのにもなれたよう。

まったく食べないこともないのだけれど

先日のアースデイでも 家族で一番好評だったのが

マクロビ玄米プレート。

赤米&黒米のもちもち感と 大豆のから揚げは

母として マスターせねばなりませんなあ。(笑)

もともと山へ行くときの携帯食で ふだん歩くときも

おやつ代わりに リュックにいれておくのが

ドライフルーツとナッツ類。

いまのブームはドライいちじく。

子ども達はおいしいのが分かるらしく

国産のいいのの時は特別減りが早くてまいってしまう。

そんな中 お約束なのが アーモンド。

まだ食べ物チェックにこっていたころ

「気を補い 骨を丈夫にする」

「脳神経の活力向上作用」

「精神を安定させる作用」

なんていうの書かれては…

それからは日課。

食べすぎもよくないということで1日10粒 とはいえ

お母さんに隠れて食べてるんじゃないかなあとは

思うのだけれど

歩きだけのとき あと一歩という感じだったのを

とりあえず これで乗り切った感じ。

だからってこれだけってこともないのだけど

「落ちてる」と思うときはいつもアーモンド切らしてて

買ってくると復活。

まあおまじないみたいなもんだけど

月の満ち欠けも気圧もといろいろ自分以外のことを探すことで

こころの中の犯人探しを少しでも忘れるんだったらいいのかも。

いやもっと前向きでいいんだけどね。

梅醤番茶とアーモンドが今の毎日「おくすり おくすり」

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初心者マーク

吐きそう…  

失礼しました。

やっとこ初心者マークデビューしました。

といっても限定解除な私はミッション車で路上経験なし。

近くのホームセンターに行こうという話でスタートも

家の角まがってすぐエンスト。

このまま大通りは危険とまずは近所をくるくる。

二速で20k以下でうろうろはやばいですよねえ。

それじゃずっと“徐行”でしょう。(苦笑)

おそろしくてこのあとは書けません…

とはいえなんとか 裏庭用の土と苗の買出しをして

生きて帰ってまいりました。

二度ほどほとんど事故の手前。(教習どおり 信号“右直”)

18才から乗ってる夫にとっては言葉もなく…

なんてことはなく 運転しているあいだ

ず~っと怒鳴られっぱなし。

玄関のドアを開けながら涙は出るやら吐きそうやら

それでも彼にとっては「精一杯おさえてた」らしく

これより下はないらしい。

なにせ路上一日目だものね。

教習所でも半泣きまでだったのに

こんなところに最強の教官が待っていようとは…

GWの“高速教習”に間に合うでしょうか。

やだよう。新聞には載りたくないよう。

車中 初心者マークで囲みたい気分です。

 

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アースデイ

4/22は アースデイ。

年齢性別 国籍 宗教を越え 地球のことを考える日。

といっても難しいことは分からないんだけど

アースデイ東京2007が代々木であったので

人ごみは苦手ながら行ってみた。

(去年はチェックしつつも 私達のほうがそれどころでは なかったので…。)

夫も子どももいろんなことに気になりだしてくれたところ

でも知りたいことも知らないことも たくさんありすぎて

なににむかっていけばいいのか。

なにからはじめればいいのか。

自分達になにができるのか。

そんなところ 興味を持ってくれたよう。

自然破壊 環境 エネルギー 貧富 戦争… 

広い世界のことから 

子どものこと 体のこと 食べること

自分のすぐ近くにあるものまで

いろんなことがある。

そして声をあげることで 問題定義発信していくひと

ものをつくる売ることで支援していくひと

いろんな関わり方があるのですね。

Foodコーナーは My食器&

使い捨てにしない食器の貸し出し。

子どもたちといっしょに古布で拭いて返却。

参加してるって感じで楽しそう。

でもこれキャンプにいけばあたりまえだし

娘の児童館では 普通に子ども達がやっていること。

ゴミの持ち帰りにマイバック。すいとう持参。

“お散歩隊”としてはいつものこと。

そうなんです。なんにも特別なのことではなくて

いつも少し気にしてあげること。

そして自分で気になったことを 自分で認めること。

そしたらそこからなにかできるのではないかと思うのです 

どうなのでしよう?

私達としては 食べること。

ちゃんとしたものをつくって ちゃんとしたものを食べる。

自然の力を感じられる自分でいること。

そんなことから 少し手を伸ばすことで

地球のこと ひとのこと 環境のこと 平和なことに 

つながっていくのではないのかなと思うのですけれど。

難しいことはわからないよ。

難しい言葉を並べたてたって 頭がぐるぐるしてくるだけ。

でもなにか自分のアンテナにかかることがあるはずだし

なにかできることがあるのかなと思う。

わたしたちにできることしなくてはいけないことは

子ども達にちゃんとむかいあってあげること。

彼らにとってもすごく考えた日だったしたくさん話した。

娘は動物とかエコとか気になる。

息子はエネルギーとか、試食もしてたね(笑)

ちゃんとつくってあるものはおいしいらしい。

それがわかるのもすごいよ。

考えなくてはいけないことがたくさんあること

そして考えていいんだということ。

いろんなことに目をつむりながら歩いていかなければ

いけないこともあるけれど

それは無関心でいなさいということではないということ。

それを忘れないようにいること。

それが子どもいっしょにいること。

 

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achordion

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achordionさん花市のライブのお写真 OKいただけたので

少しだけご紹介。

5月にまたライブあるそうです。いけるかな。

round round private note

&今月の「天然生活」にも記事が出ていますよ。

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OFFになる。

CDはあまり買わない。

ふた昔前くらいならジャケ買いなんていうのもあったかな。

今はなんていうの?いっぱいあってわからない。

今はなんだか ものだけじゃなくて音も溢れてて

次から次へと新しいモノ

なんでも手に入るようで なにがほしいのかもわからなくて。

なんだかいろいろあるらしいけどアナログなもので

ほとんど“音”はラジオまかせ。

いつでもどこでも好きなのもが聞けるよって

ヘッドフォンして歩いて楽しい?

風の音も 木々の音も聞こえなくて

電車のごとごとする音も 

街のざわざわした感じ 楽しくないときもあるけれど

それもひとがいる音だって気がする。

そこにある音ぜんぶが入ってくるから

気持ちよくなったり 苦しくなったり 心が動くのではないかななんて。

誰のなんの曲が好きとかない人。

ちょこっと楽器はやっていたので 聞きなれたのとか

安心できたりするけど

そのとき心地よい感じが好き。

ほんと曲名も人も知らなくて申し訳ない。

子どものころ 車では父がJAZZを流してて

私は レコードに針を落とす瞬間が好きだった。

私にとって 音はフツウに流れているもので 

探すものではなかったもので。

おとなになったらライブなんかいって なんて思ってたけど

お出かけするだけでどきどきしてしまう。

そんなままおおきな大人になってしまったね。

会えないと思うときには何も会えない。

でも会いたいと思うときは出会ってしまうものなのかもしれない。

「花市」にいった。

桜の花びらの舞う中で 見つけた。

「OFFになれるって分かったよ」彼の言葉。

何年もONのままだった。

それでも走れていたときはそれでよかった。

でもいつのまにかふかしてもふかしても前に進めなくなって

立ち止まることも休むこともできなくて

眠るときでさえ 眠らなくてはいけなかった。

achordionのライブを聴いて。

桜の舞う風の音を聴いて 

まっすぐに集まる暖かいひとたちのこころを感じて

心地よいという言葉ではたりない…

ただ力を抜いて 音の中に身をゆだねる。

そこにいるだけでいい。

「OFFになれる」

ONの自分 OFFの自分

自由自在にはまだまだいかないけれど

ゆっくりゆっくり歩くように。

OFFになれる自分を見つけられたんだから

一歩一歩進んでいける。

会いたいと思えば 出会える きっと。

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なのでひさしぶりに家でCDをかけています。

“宝物”見つけたので。

achordionさんからお写真okいただきましたので少しだけご紹介します。

 

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置いてきぼり

みんな こころが置いてきぼりになっているようで

でも

こころが一番わかってて

変わらない自分の歩くスピード。

早足になって追いつこうとか

三つ先の山の一本杉に向かってため息。

たんぽぽの花数えて

つるつるした石ころ見つけて

どくだみ出てきたぞ また今年もお茶つくろうか(笑)

それでもちゃんとお山についたよ。

イチョウの木だったですけど。

うさぎとかめ。

でも うさぎが寝過ごしてたら

いちおう起こすよね。

ならんで行けるか分からないけど

それは自分のスピードで。

それじゃだめかなあ…

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好きだとか嫌いだとか

子どもの頃は 

好きだとか嫌いだとかいうのは

若いひとの話で

おとうさんとおかあさんになると

そのうち おじいさんとおばあさんになって

静かにお茶でも飲みながらのんびり暮らすのかなあ。

なんて思って思ってた。

よね。 

でも

それってずっとあるんだね。

いくつになっても 好きだとか。

ちょっと嫌いな日もあるし いじわるなときもあるけど

好きになる気持ちっていうのはずっとある。

いくつになってもね。

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ちいさなしあわせ

菜の花のさく川沿いの散歩道。

朝食のぬか漬け。

まっさらの理科のノート。

山の家へのお誘いの葉書き。

新しい仲間を待つ花壇。

仲良くたたまれたパジャマ。

出番を待つ初心者マーク。

とりあえず今朝はそのくらいにしておいて。

数えあげたらきりがないから。

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落ち着いて

自分を思い出そう。

自分がしたかったこと。

自分がしてきたこと。

背伸びしすぎても 追いかけてばかりでも疲れるし

でもずっと休憩でもね。

ひさしぶりにいっぱい話したら

すこし“いつも”に戻ったかも。

ゆっくりいこう。

ゆっくりいこう。

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ふう

「花市」からのおみやげ。

ticomoomさん アイリッシュハープとギターのデュオ。

桜の花びらのふるライブすてきでした。

でもこんな雨の日 窓の外をながめながら聞くのも

いいですね。

このまま丸まってしまいそうです…

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花びら

朝の散歩から帰り ポストをのぞいたら

見覚えのある…

花市のとき 息子のえらんだきらきらのふうとうでした。

使わなくなった紙で手作りされたというそのふうとうに

かわいいお花の切手がはられ

“花の大地”のひとひらをつつんで 

ちゃんと届いていました。

いつもの静かな泉龍寺を歩き

あの二日間がまるで夢でもみたような

ずっと遠いできごとのような

花市はまだここで続いていました。

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私にできること

すっかり遠い話になりそうだったのだけれど…

運転免許取れました!ぱちぱちぱち(笑)

この年になって 思いついて

春休み 学生さんたちともみくちゃにになって

どうなることかと思ったりしたけど

なんとかやったよ~

とはいえAT限定だい。(苦笑)

あまりの鈍さに ミッション車の路上は危険ということで

教習所中で私のAT変更を待っていただいていたもよう。

変更後 初の教習ではじめての教官にまで励まされて

どんなうわさになっていたんでしょう??

そんなこんなで無事3月中という目標には間に合った。

東京にいて車とは無縁のまんまで過ごしてきた。

環境問題なんて考え出すと ますます車から遠のいていった。

自転車いいじゃない。

電車でどこでも行けるじゃない。

でもからだのこととか こころのこととかいろいろあって

田舎に行こうってなって 

「クルマだ~!!」って。

まず行こうとしたのは 電車はもちろんバスもないところだった。

それでもちゃんと暮らしてるんだ。

そうだよね。そんなこと里帰りのときしか考えてなかったもん。

歩いて歩いて一日数便のバス。

それでも夏休みの特別な時間なら楽しいけど

ずっと“生活”してるんだよな。

春には新しい生活かな、と思っていたけれど

こころがそこまでいけてなかったみたいでね。

保留になったまんまです。

そんな中で 私の教習所通いも失速ぎみだったりした時期もあった。

これからなにがしたいの?なにができるの?

どうやって暮らしていくの?

なんてことばかり。

考えれば考えるほど 

私ってなんにもできないんじゃないかな、

なんて思う日が続いた。

でもいいこと教えてもらった。

車に乗れるってことは 乗せてあげたり 運んであげたり

それだけですごいんだよって。

そうだった。いつのまにか 自分達のことばっかり考えて

ないと困るとか 仕事で使うとか そんなことばっか。

夜中子どもが痙攣おこして 救急車来てくれなくて

友達の出してくれた車がどんなに心強かったか。

ここにいてもそうだから、どこへいっても

きっともっと小さいことでも できることあると思う。

歳じゃないんだよな。

やろうって思ったことが力になるんだ。

いつ出番がくるかわからないけど

ひとつ手を上げることができてうれしいです。

そんなわけで 今日からAT限定解除のため

また教習所に行って来ます。

とりあえず都内で乗る根性はないですけど

めざせ軽トラなので。(笑)

路上は出ないらしいので なんとかがんばりましょう。

春は“こんな”危険な若葉マークが街に出てきます。

歩行者の皆様 お気をつけて。

ベテランドライバー様 お手柔らかに。

私は少し山ごもりでもしてからデビューさせていただきます。

でもアナログ人間の私としては

やっぱりミッション車が可愛い♪

(教官には申し訳ないですが…)

とりあえず家の車にも“補助ブレーキ”ほしいです。

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ライバル

「子どもの頃からずっとなんです。」

という言葉を聞くとすごいな~と思う。

私はかなりの浮気ものなので…(笑)

基本は子どものころからなんにも変わっていない。

予想では今頃はもっとずっと“おとななひと”になっているはずだった。

そうではないね。いまだにこんなことをぐずぐず言っているとは。

気になるものはつねに変わっているかんじ。

でも少し離れてみれば たぶん変わっていないんだろうな。

大事なものには思い入れが強すぎる。

だから一番には触れることができなかった。

いつも少し離れているかんじ。

ショートケーキの苺。

大事にとっておいて 食べるのにどきどきして

結局あげちゃうみたいな。(ちょっと違う?)

優しい色が好きだったのに

おとうとに譲れるような色ばかり選んだり

そのうち なにがほんとに好きなのか

ほんとの自分が分からなくなってきた。

:

フィルムの入れ方も分からないのに

カメラひとつ持って出てきて。

でもシャッターをひとつ押すたび

それは“自分”だった気がする。

ひとにカメラを向けることはなくて

“壁”とか“空”とかばっかだったけど。

お母さんになって いとしいものができた。

でもそれは汚してはいけないもののような気がして

“自分”は撮らなくなった。

それはそれ 運動会とか けっこう重宝がられるし

それが“おかあさん”になることかななんて。

デジカメは苦手。

なんだかいまだによくわからない。

フィルムのときの 撮った瞬間に見える絵が

まだ見えない。慣れなのかなあ。

それにすぐ消せちゃうし。

でもそれもいいかなともね。

一人のときは 夕飯より フィルム代のほうが大事だったし

街に出るなら暗室にこもっていたかったし。

でも今はこのひとたちといることがしあわせだし

4人でおふとんにくるまっているの気持ちいい。

そろそろ部屋はちょっと狭いけど…(苦笑)

そんなさりげない時間をとっておくのにはいいのかもしれないか。

久しぶりに「ひと」を撮ってみて

「つくるひと」の顔はいいなって思った。

暖かくなってきたみたいだし

お散歩セットにカメラを追加してあげようか。

力をぬいて出かければ

今の“自分”が見えるかもしれない。

うちではこどもにも写真は好きに撮らせる。

いましかない視線がそこにはあるから。

息子の写真はどこか私の視線とつながって

それでいて 

たぶん私が忘れてしまったまっすぐな目があって

すごく好きなんだけど

すこしくやしいかも。

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春のかおり

「花市」で初めて自家製酵母のパンをいただいた。

一日目は ワークショップとライブを楽しむことに専念。

というよりは 時間前からのふだんこのあたりでは見かけない行列

(市民祭りの野菜配ってたとき以来か…)に圧倒されて

始まるまで横の弁天池ですでにぼーっとしていたので

皆様のお目当てのお店に向かわれる勢いについていけず

「あれ?ちがったか?」と一瞬思ってしまったのだけれど

まあ だめならお昼は家に帰ってごはんしようかくらいなレベルだったのでいつもののんびりモードに戻し復活。

ひたすらぽわぽわしておりました。

なので二日目は ポットにお茶をいれ敷き物持参の

完璧お散歩仕様。

それでもパン屋さんにいきたい娘はトミヤマトモミさんの列に並んでました。

じつは一日目に並んではみたものの二人前で売り切れ

「明日も来ますからね♪」の一声に舞い上がる娘(笑)

なので今度は早めに、といいつつ一番ははずかしかったらしく二番目(とはいえ早かったのね)

たくさん並んだ中から いちご酵母のパンを選んでいた。

一日一回はパンだった我が家。

休みごとに焼いていた時期もあったのに

みんな忙しくなってしまってすっかりごぶさた。

白物(白糖や精製小麦粉など)がよくないとか

気にし出してからすっかり パンから遠ざかっていた。

月一くらい散歩がてら 二子玉川のPAULに行くのが

楽しみなくらい.。

もともと好きだったのだけど すっかりハード系一本

でも子ども達はそれだけでもないんだよね、やっぱり。

いちご酵母のパンは袋を開けたとたん

ふわっと いちごの香りがした。

大事に切り分け アノダッテさんの“苺にバラの花びら”のジャムとつけて食べる。

おいしい。

ふわっと もちっとやさしいパンだった。

私の父は何でもつくる人。

庭のワイルドベリーでつくったジャムをおくってくれた。

パンを避け 甘いものを気にして

この数ヶ月 棚のかざりになっていたジャム。

(それはそれで並んでいると可愛い…)

ひさしぶりにパン焼いてみようかな。

やさしくしてほしいことばかり考えて

もっと近くのやさしさを忘れていたかもしれない。

“おじいちゃんのジャム”やさしい味がするかな。

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感触

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触ってしまう。

たぶん、ぜったいな確信を持って。

たまに外すこともあるけど(苦笑)

目をつむっても 「これこれ」と思えるものに出会えると

それだけで嬉しい。

「花市」でなにをしていたかというと

ずっとすりすりしていた。(笑)

鐘撞堂前の山口さんのベンチは早くに“お嫁入り先”が決まっていたみたいだけど 

ベンチに座りながらのライブは気持ちよかった。

さらさらした、でもなんかやさしいやわらかい感じ

ここにあるから さらに気持ちいいのかも。

木に皮に土に金属の感じ。

いつか道端でひろった“宝物”に誰かが

「そうそう」といっている感じ。

(にしては「そうそう」がいっぱいだ~)

イサドさんの椅子やスツール 気持ちよかったのだけれど

触っていたのは木のスプーン。すりすり。

写真みたら ちっちゃい木のおうちとか花器でした。

分かりやすい自分。

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uzuraさんの靴は結局“おためし”せず。

革靴をそだてていく感じの心地よさを知っているから

たぶんおためししたら即お願いしてしまう

すでに彼も娘もお気に入り光線をおくってきている。

ということは…4足??

いつかお店にいけることを楽しみに すりすりのみ。

私としては お店の前の 端皮のピラミッド(?)が好き。

さて息子が行方不明と思ったら 

ちゃっかり小谷田潤さんのもみじ型ワークショップに。

締め切りあとだったのに 

ひとつだけ のお約束でいれていただいたみたい。

私は そっとカップを手に取りながら しあわせ。

なんだかあったかい感じ。

完成した息子殿、

「もみじのときに 来て下さいね。」との言葉に

すこ~し先のお楽しみができたみたい。

「つくる」ということは 「待つ」ことでもあるんですよね。

自分勝手でもいられないし 素材まかせでもなく

ゆっくりできあがるのを待たなくちゃ。

それは暮らすこともいっしょかな。

でも できあがり を決めるのは 自分なんだよね。

それが見えないからいつも迷ってしまうのだけれども。

もみじの頃を楽しみに…

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なんだろお店紹介みたいだ…(苦笑)

お友達がゆっくりできなかったみたいなのでついここにメモってしまったのでした。

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花の大地

基本的に予約のできないひとなのである。

美容院の歯医者も

テント持参のたびもワイルドとは遠く

宿の予約が苦手なだけかもしれない。

そのときまでの「わくわく」より「どきどき」が大きくなる性質。

だからキャンプもインアウトフリー予約なし専門。(苦笑)

そうではなくて「花市」のワークショップの話。

HPで見つけた平澤まりこさんのイラストワークショップに一応「予約」して出かけた。

いつものお散歩コースなのでいけるかなとは思っていたのだけれど

家族全員お約束できない人たちだったのでちょっと不安…

でもぜんぜんOKだった。というより気抜きすぎ?

いつものお寺がお店になってどきどきしたけれど

ようするにお外でお絵かきじゃん♪な子ども達。

リキテックス使い放題にどきどきするのは母くらいのものか。(苦笑)

ちょっとみなさんより大きめの紙を持っていったのもご愛嬌。

満喫したかな~と思いきや どうも隣のハンモックにも惹かれていたみたいね。

子ども達&昔子どもだった人たちが終わったらこんどは

全部つなげて平澤さんが大きな絵にするという企画。

自分の絵に色を重ねられて!!な息子。

企画を理解してなかったのね…

ひとが“つくっている時間”というのは

見ていても気持ちいい空気に包まれる。

そうなんだな。

私はつくることはできないけど つくるひとが好きなんだ。

なんて 子ども達は飛んでいっちゃったけど

ひとり浸ってた。

そして大きな絵が出来上がりステージへ ならぬ

鐘撞堂へ すてきな舞台ができあがった。

自分ではなんにもできないけれど でも

少し近づいてみる 触れてみる 

そうしたら そこに自分の居場所ができる。

少しだけ“つくるひと”の仲間入りしたみたいで

うれしかったです。ありがとうございました。

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平澤さんの後ろ姿

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しあわせなひとたち

「どうしたの~?」

「20分経ったら来て下さいだって~」

「そうなんだ~」

どこへいったかと思えば、

前の日 売り切れだったコーヒーをいただきに 

また中川ちえさんと村上みゆきさんのコーナーにいっていた彼。

大丈夫だったみたい。

といっても1日目も ハーブティーとシフォンケーキはいただいたのですけどね。

それがとってもおきに召したらしく 2日目はまっすぐこちらへ。

イチゴのチーズケーキにひとめぼれ。

あれ?コーヒーだけじゃなかったの?(笑)

しばらく食べ物にすごく神経質になっている時期があって…

いまもそうなのかな。

違う世界をみつけてしまった感じはあった。

それはそれですごくよいことなんだけれど

どこかで私たちを置き忘れてしまったみたいな感じ。

体を冷やすからとお砂糖もコーヒーもとらなくなって

その前に彼のからだがお砂糖をうけつけてくれなくなって

食べられるものを探していくうちに 自然なものになっていって

それはとても大事なことなんだけれど

少し迷子になっていたかもしれない。

私の父はコーヒーを自分で炒ってサイフォンで入れる人。

ただの凝り性なんだけど。

朝一とお茶の時間 豆をひく音と 

こぽこぽお湯の上がる音がいつもの時間。

結婚してからは 朝のコーヒーが 私達の時間。

いそがしいといそがしい味になって

ちゃんと見ててあげると そんな味になる。

自分のためには焼かないのに

家族のために作り出したお菓子。

できそこないでも それが我が家の定番。

そんな時間まで 会社で眠気覚ましで飲んでいたコーヒーと

空腹をまぎらわすだけのお菓子と一緒においてきてしまったのかもしれない。

少しお外のものも大丈夫になった彼。

コーヒーを待つこの時間 木々にかこまれる空をながめて

なんだかしあわせそう。

こどもたちはアノダッテさんのジャムにいってしまった。

いちごジャムとイチゴミルクまで抱えて帰ってきた。

今日は無礼講だとでも思っているのかい??

どうも私の機嫌がいいことはお見通しのよう。

つくる人の顔が見える。

ちゃんと愛情をもってつくられているものは

なんだか安心できるのかも。

私っていつもチェックばかりして楽しく食べることを忘れてたのかも。

わたしがうれしいと家族もうれしそうで

それを見るとやっぱりわたしもうれしい

なんてしあわせなひとたちなんだろうね。(笑)

コーヒーおいしかった。しあわせ。

ケーキもおいしかった。こんどチャレンジするんだって

(誰が?)

でも誰がいれたなんて全然関係なくて

「おいしいね」っていってる彼は

しあわせもんだねえ。

こんな近所でおいしいコーヒーに出会えて。(笑)

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「花市」の日の空

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花まつり

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4月8日は花まつりでした。

お釈迦様のお誕生日を祝う日です。

お釈迦様の像に甘茶をかけて 

いっしょに甘茶をいただく。

手を合わせることは自然にやっていることだけれど

そういえば花まつりの日に 家族で来たことはなかったかも…

きれいにお花で飾られたお釈迦様。

はじめての甘茶に子ども達はどきどきのようでしたが おいしかったみたいです。(甘いっていってるのにね。)

「花まつり」の日に「花市」なんて すてきですよね。

いつもは静かな泉龍寺。

たくさんの人にお祝いされてお釈迦様、喜んでいらしゃるでしょうか。

それともびっくりされているでしょうか。

すてきな花まつりでした。

 

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自分らしく食べる。

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「花市」のアンリロさんのお店は行ってみたかった。

鹿沼のお店の記事を読んで素敵だなあと思っていたところにマクロビのほうからも“当たって”しまってとても気になっていた。

でも記事で見たのでというので出かけるのはまず苦手。

まして私ひとりでという距離でもないし

というより私達はいつもいっしょに感じるようになっているので

おでかけはしばらくおあずけかなと思っていたところ

こんな近くで見れるなんて(見るは違うか?)

なんてどきどきしていたのは私だけ?(笑)

あまりの行列にちょっと根性がなく

イチゴのパイを遠めに見つつ

申し込んであったワークショップにいってきました。

楽しかった。

でも やっぱりね。売り切れてました。

でも 予定通り ニンジンフライはいただきました。

おいしかったです。可愛いし♪

なんだろ ニンジンじゃない感じ?あれが甘いという表現をするのかな。

食べ物のことを考えるとちゃんとしたごはん

すっかり玄米に味噌汁が我が家のスタイルに定着しつつあるけど

パンを焼くのに一日過ごしたり そのパンのために

ことことスープの準備をするのも

それはそれ私たち家族のごはんなんですよね。

おとめみるくを手に入れた娘は本堂の横に移動して

ゆっくりお楽しみ。

あれっと思ったら イチゴの入っていた瓶にふた。

そうなんです。

入れ物に使えるように ふたをくださってたんですね。

すっかり娘心をくすぐられてしまったようです。(笑)

子どもの気配も感じられるような優しい感じは

本のなかだけではなかったみたいです。

もし少し遠出ができるなら行ってみようと思います。

こんどは娘のリクエストなので。

最近ほとんどお外のごはんはいただいていなかったので

子ども達も楽しかったようす。

二日間ですから まだまだ食べ物の話も続きます。(笑)

少し力を抜いて 気持ちいいもの探そうよ。

食べ物もおんなじ 自分だけでちゃんとしようって

ちゃんとしなきゃって気負っても

やっぱり肩こっちゃうから

たまには“おそと”もいいかも。

失敗もあるかもしれないけど

1個でも よかったがふえるといいなと思います。

:

お店にカメラを向ける根性はなく でも声をかけることも…

なのでお写真はありません…

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:

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:

:

といいますか 今だ「ここ」に写真をうまく入れられないひと。

なのでメールでは送れず紙焼きにしないと…

なんかやっぱりさわらないとピンとこない。

ということで 「花市」いっぱい撮りましたがいまだ格闘中。

やっぱり永久にアナログなひとなのかも。

:

ti

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動いてみる。

昨日のどきどきから熱に浮かされているような

それでいてまるで全部夢だったような…

なんて大げさなことでもないような…(笑)

“おすすめ”は苦手。

考えて考えて探したプレゼントを 

やっぱり気に入ってもらえるか心配で、

結局渡せないような小心ものなので。

だからここでもあまり限定されるような紹介のようなのは

考えてしまう感じだったのだけれど

それもいいかなって 

「力抜けよ」って感じ。

本の中で自己完結。

それはそれ 本棚のなかには私のすきなものが

いや怪しいものも含めてつまっている。

でもほんとは その空気が吸いたいんだよね。

花市」に行ってみた。

空気をすいこむ。

そこにはひとがちゃんといた。

ひとことふたこと交わす言葉。

その一言を自分からさしだしてみる

もう二度と会わない人かもしれないけれど

その一瞬のつながりで

たぶん自分の中の何かが動き出している。

なんてまたまた大げさか

少々お買い物もしました。

それは我が家の宝物の仲間入りをするのでしょう。

ようするに

行ってよかったよ。

ということと やっぱりしばらくはこの話だよということ。

それもいいかも。

春だしね。

そろそろ冬眠も終わりかもしれない。

おはよう

そろそろ動いてみるよ。

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花市

_mg_5086 昨日と今日、二日間「花市」に行ってきました。

 というより ずっと泉龍寺にいました。

時間前からお寺の外に続く 見慣れない行列 たくさんの人。

本の中でしか見たことのないひとがいること いろいろのことにどきどきしながら入って行きました。

遠くからこの市のために初めてこの場所に来たかもしれない人たち。

てくてくいつもの散歩のように すいとうとしきものを持って来た私達。

いつも静かな場所がまるで違う世界にきたようで、

でもまるで毎週ここで集まっている仲間のような、

不思議な空気に包まれていました。

はじめはどきどきしていた私たちも

いつも通り手を清め お参りをすませ 行列は苦手なので空いているスペースをのんびりくるくる

そういつも通りの私たちのまま ゆっくり時間を過ごすことができました。

お話ししたいことはたくさん

しばらくひとりごとのネタにはこまらなそうなので

ゆっくり書いていきますね。

とりあえず新学期の準備をしなくてはいけないので

「つくりもの」違い ぞうきん縫わなくちゃですの。(苦笑)

 

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いつか

「またいつか」

今頃になって 我が家の引越し騒動を聞きつけた

娘のともだちのママから電話があった。

とりあえずは保留になったことを伝え 

でも持ち家でないこと 仕事柄などなど

先のことはわからないこと。

親のこと 田舎のこといろいろ話すうちに

結局おさまるところ

「私たちも ずっとこのままじゃないんだねえ」

ということになった。

春は出会いの季節でもあるけれど

別れの季節でもある。

彼女が連絡くれたのも その娘の友達(つまり彼女の娘)が

そんな気持ちでいつも春をむかえているからと。

大事な先生との別れ。友達との別れ。姉のようにしたっていたお店のスタッフとの別れ。

それはいつも春だからと。

うちの子はつかず離れずべたべたするわけでもないのに

たぶん学校でも親の前でもない自然な姿でいられる

大事な友達だと言ってくれた。

ありがとう。

ずっといっしょなんて約束は軽くはできないかもしれないけれど

その日が来ても「いつかまた」って言おうよ。

ぜったいなんてことはないけど

「いつかまた」

それは自分への希望だから

仲良くなれなかった人にも「いつかまた」

今度は笑顔で会える自分でいられるように。

大事な人にも「いつかまた」

また会ういつかのために 

お互い笑顔でいられるように。

「またいつか」

たてまえでも うそでも なくて

明日の自分への希望のちからです。

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異邦人たちのパリ 1900-2005

なぜか今頃になると 青山霊園のあたりに行ってしまう。

そして行ってから桜の季節だったことに気づく。

カメラもお弁当も持たず ただ桜の中を歩く。

これが東京の春なのだろうか。

ところで行ったのは1月に出来た国立新美術館

異邦人たちのパリ 1900-2005 を見るため。

東京ミッドタウンが出来たところなので

六本木周辺の混みようは心配だったのですが 

逆にそちらへ流れていったのか思ったほどの混雑はなく

吹き抜けも気持ちよかった。

私は長い時間 ジャコメッティのブロンズの前。

なんだろう。ディエゴの像の前にいると

うれしいでも悲しいでも どきどきでもなくて

ただこころが静かになっていく。

周りの音がなにもなくなる。

時間を忘れられる。

 

見に来たのは モディリアーニなんだけれど。

彼の長くはない生涯に憧れていたりもした私達だったのに

子どもが生まれ ふつうの暮らしをし

いつのまにかもっと先だと思っていた

彼の年を追い越していた。

今の私達に彼を追いかけるような 熱い思いは残っているだろうか。

それとも今の私にはそんなものは必要ないのだろうか。

なんて 自分の世界に入るのも久しぶりか。

ポリアコフとか、写真はストランドとか いろいろ

なにしろ点数はすごいので好きなのもたくさんはあるけれど

常設ではない利点でもあり欠点でもあるのか

イベント会場的 空気につかれてしまった。

きっと作品の力より 人の欲にあてられてしまった。

自分がなんに疲れるのか 分かった気がした。

とはいえ すばらしい作品ばかりですので

お近くの方はぜひご覧ください。

と無理無理でしたね…(苦笑)

でも やっぱり 本物だよね。

行ってよかった。

たまには外に出ようと思いました。

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手紙の木

今週末 4月7日(土)・8日(日)東京の狛江市で花市』が行われます。

首都圏在住の器作家さん 布作家さん 靴作家さん 自家製酵母のパン屋さん他

たくさんの“つくるひと”たちが集まって楽しい市をやるそうです。

私の楽しみは全部なのですが

アンリロさん「ニンジンとイチゴのお店」

栃木のお店に行きたいのですが なかなかの遠出になってしまうので…

東京に来てくださるのを楽しみにしています。

ライブや読み聞かせ、ワークショップもあるそうですので

お近くの方は覗いてみると楽しいかも知れませんね。

その中に「手紙の木」があるそうです。

会場の中にある手紙の木にメッセージを書いた手紙の花を咲かせる。

そしてそこを訪れた誰かの“花”を摘んで帰るのだそうです。

わたしもいってみましょう。

どなたか私のメッセージ連れて帰ってくれるでしょうか?

泉龍寺は駅のすぐそばですが 木にかこまれた静かなお寺です。

きっとすてきな市になるでしょうね。

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片われ

女が強いとか 男が弱いとか

結局 自分の“鏡”を覗いているだけではないだろうか。

陰陽では 男性は天からの力をうけ

女性は地から力を受けるそうだ。

体にいいからと考えていた食事も個々の体質もあるが

男女での影響の受け方の違いがあるから

妻が良かろうと(おいしいと)したものが必ずしも

夫に良いものでないこともあるとか。

(もちろん愛情が入っていることが一番ではあろうけれど)

::

太古 男は狩をしていた。

長い旅 男は宇宙を眺め 羅針盤としていた。

ときに命をかけるときがあるかもしれない。

でも いつも遠くを遠くを見ていた。

太陽を星を頼りに 旅をし いつも遠くから

愛する地といとおしいもののために歩いていた。

女は待っていた。

足元の春の気配を 草の芽吹きを。

ここで生きていくために 小さな手をとり。

いつ帰るかも知れない人の気配を風に感じるために。

すべての葉が落ち 白い風が吹くようになっても

次の芽吹きを待っていた。

男はいつも空をながめ 

女は足元に咲く小さい花を愛す。

どちらが強いのでもなく どちらが弱いのでもなく

片方だけではいられないだけ。

星を愛す女がいるとき

草笛をつくる男がいるかもしれない。

ただ今 なにか違うとすれば

賭ける命も 守る命も見失って

ただ永らえるだけの命をもてあましてしまうとき

“鏡”の中の片われに自分の存在の意味を

聞きたくなるのではないだろうか。

愛しい人のもとでは 弱い自分でいられるし

愛するものの前では 強くありたいと思う。

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「住む」

:

住む。 2007年 05月号 [雑誌]

自然に暮らしたいということが 

ついのんびりしてしまうほうに流れてしまいそうになる。

そんなとき毎号手に取り

背すじをしゃんと伸ばそうと思う雑誌です。

生きることすべて「住む」に通じているということ。

写真が好き。

ということもあるのですけれど…

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春休み

雨ですね。

冬の日に逆もどりしたようです。

春休みも明日まで。

このまま窓の外を眺めながら終わるんでしょうか。

春

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親の死に向かいあったとき

私は涙することができるだろうか。

ずっと考えていることだけれど

一度失敗しているので やはりあまり語ることではないのかななんて

ひとりごとだからいいか…

両親を尊敬しているし感謝している。大好きだ。

でも素直に向かっていけない。

親への思いが強すぎるのか。

長女というものは大体そうなのか。

それとも私が勝手に思いすぎているだけなのか。

高校卒業とともに家を出た私

そして今 両親といた時間より

夫と出会ってからの時間の方が長くなろうとしている。

引越しの多かった私

ここでの生活がどこよりも長くなった。

そして親元に残った妹は

私とはまったく違う生活をしている。

音楽をやったことも写真のことも

それはそれで私だけれど

どこかで父とつながっていたかったのかも。

祖母が亡くなった。

末っ子でありながら後をとるために長子の養子となっていた父は 喪主をやることになった。

遠方から集まった伯父伯母たちはまるで同窓会のように談笑していた。

読経が流れているときでさえ。

自分達の親の死なのに。

両親といっしょに最後を看取った妹は 泣き通しだった。

田舎のこと葬儀屋さんまかせということもない

何もかも自分達 地域の年長の方に聞きながら気をつかい 休む暇もない父がいた。

そんな両親と妹を見て 泣くこともできず

悲しんでいるのかもわからない

居場所のない私がいた。

両親が亡くなったとき私はどんな姿を見せるだろうか。

自分にはわからなかった。

昨年 母方の祖母も亡くなった。

私にとっての「おばあちゃん」はこの人だった。

私におじいちゃんはいない。

私の記憶の中 祖母はいつも働いていた。

叔母と二人姉妹の母。

地元に残っていた叔母が喪主ではあったが

すでに父の母を見送っている母があれこれ段取りをして進めていた。

通夜までに間に合えばと言われたが

母の指示で子ども達をこちらに残していくことにした私は

このまま一晩待つことも もどかしくて

そのまま羽田に向かった。

最終のキャンセル待ちで向かったので

迎えに来る妹には怒られてしまったけれど…

つめたくなった、でもまるで息をしているように美しい祖母のそばで

母と枕をならべた。

夫も子どももいない娘の時間。

私の記憶の中では 生まれて初めてかもしれない時間。

一夜明けて

近所のお手伝いをお願いをしなかったので

私達は裏方。

妹は車を出し 私は水まわり 姪っ子たちのお守りをしながら

遥か昔の記憶をたどりながら親戚の方と話す。

(妹の生まれる前の話しにつき これは私の役…)

ただあわただしく 火葬場へ向かう。

留守のお願い 食事の準備 電話をしながら…

そして

窯のの扉が閉じられたとき

涙が出た。

後から後から涙が出た。

白く小さくなったおばあちゃんは

足のボルトもペースメーカーも置いていった。

手術を繰り返しながら おでかけが大好きな祖母だった。

いつ電話しても留守。そんなときは美術館とか。

いまは自由に羽ばたいているかもしれない。

ずっと遠くだと思っていた。

でもだんだん近づいている。

涙は 悲しいではなくて

ありがとうってことなのかもしれない。

そのときになってみないと分からないけど

ありがとうなら 言えるかもしれない。

今ここにいさせてくれることに

   ありがとう

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