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片われ

女が強いとか 男が弱いとか

結局 自分の“鏡”を覗いているだけではないだろうか。

陰陽では 男性は天からの力をうけ

女性は地から力を受けるそうだ。

体にいいからと考えていた食事も個々の体質もあるが

男女での影響の受け方の違いがあるから

妻が良かろうと(おいしいと)したものが必ずしも

夫に良いものでないこともあるとか。

(もちろん愛情が入っていることが一番ではあろうけれど)

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太古 男は狩をしていた。

長い旅 男は宇宙を眺め 羅針盤としていた。

ときに命をかけるときがあるかもしれない。

でも いつも遠くを遠くを見ていた。

太陽を星を頼りに 旅をし いつも遠くから

愛する地といとおしいもののために歩いていた。

女は待っていた。

足元の春の気配を 草の芽吹きを。

ここで生きていくために 小さな手をとり。

いつ帰るかも知れない人の気配を風に感じるために。

すべての葉が落ち 白い風が吹くようになっても

次の芽吹きを待っていた。

男はいつも空をながめ 

女は足元に咲く小さい花を愛す。

どちらが強いのでもなく どちらが弱いのでもなく

片方だけではいられないだけ。

星を愛す女がいるとき

草笛をつくる男がいるかもしれない。

ただ今 なにか違うとすれば

賭ける命も 守る命も見失って

ただ永らえるだけの命をもてあましてしまうとき

“鏡”の中の片われに自分の存在の意味を

聞きたくなるのではないだろうか。

愛しい人のもとでは 弱い自分でいられるし

愛するものの前では 強くありたいと思う。

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