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何を感じて生きているか。

(コメントのかわりに…)

私はじぶんが“ふつう”ではないと思っていた。

というより このなんともいえない感じを

“人とは違う”と思うことでバランスをとっていたのかもしれない。

それはそれなりに居心地がよかった。

自分の中にいればいいから。

大人になるということがどういうことかわからないけれど、

世の中に出ることは“ふつう”になることだったのかもしれない。

「ふつうはさあ」=(常識ないんじゃない?)ってこと?

私が最初に飛び込んだ世界は世の中的には“ふつう”ではないらしい

でもそこにはそこの“ふつう”がある。

次の世界には次の“ふつう”がある。

“ふつう”ってなに?

みんな“感じて”生きていると思っていた。

それなのにこんな世の中で生きていけるなんてすごいって。

感じてしまったことをしまっておくのはとても疲れる。

ずっとそうだったから、なれているつもりではいたけれど

みんなの中にはなにがしまってあるんだろうと

ずっと思っていた。

テレビの中に溢れる“欲”になんで笑っていられるんだろう。

モノにうもれた子どもたちがしあわせにみえるのだろうか。

そしてブームのように自然へ向かう。

そんな人たちは、本物のちからの中になにが感じられるのだろうか

(その大きさを前にして自分がなにを感じるのかもわからないけれど。)

子どもと暮らすということは世の中の“ふつう”の中に飛び込むこと。

ランチ会、親睦会、集まりのたび“子どものため”と足をはこぶ。

でもこの私は“私”ではない。

みんななんで笑っていられるのか。

子どもたちになにが本当だと伝えればいいのか。

みんなは感じないのか。疑問は持たないのか。

考えてしまう私がやっぱり“ふつう”ではないのか。

どうしていいのかわからない時間が過ぎた。

そんなあるとき 気づいた。

“感じない”んだということに やっと気がついた。

なにも隠してはいないんだ、そのまま楽しんでいるんだ。

人のこころの中を探ろうとしたり 自分をしまっておいたり

そんなことは 必要ないんだ。

きっと悩みもあるだろうけれど 

それは私を悩ませているものとはきっと別のものなのだ。

あのままが あの言葉が

彼(彼女)なんだ。

なんだそうなんだ。それだけのこと。

そのままを受けとめればいい。

そう思ったら 楽になった。

みんなにわかってもらいたい。

そう思っていたのかもしれない。

ずっとひとりでいいって思っていたはずなのに。

だれにも会わない日があってもいい。

感じることがいいことなのか 感じないことがいいことなのか。

それはわからない。

でもわたしには「鈍感力」はあまりないらしい。

“気づいている”自分をだいじにしてあげたい。

春のかぜを この肌が感じている。

このかぜは また誰かに春を届けている。

そしてちゃんと誰かが“感じている”から。

それがいまの 私のしあわせかもしれない…

追伸: 庭の桃の花が咲いたら “花びら”見ておきますね。

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コメント

ありがとう。
もう、感じるこころを捨てたいと思っていました。でも、捨てないで、やっぱり持っていることにします。そのうち、何かの役に立つこともあるでしょう(笑)。
とりあえず、それだけ言いたかったです。
最近睡眠時間が足りなくて・・。今日はもう寝ます。

また、改めて感じたことは記事に書きたいと思います。

投稿: 河童 | 2007/03/08 23:23

よかったです。

たくさんのひとが“声”を上げ始めてなにがほんとうなのかわからなくなってしまいました。
でもだれかが「そうそう」っていってくれるだけで、
じぶんはここにいていいんだって思えるんです。

ちゃんと眠れましたか?

投稿: kicco | 2007/03/09 08:10

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