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愛しいと思えること

「なんだかいろんなものが”愛しい”と思えるときがあるんだよなあ」

散歩の途中 突然そんなことを言い出した。

「考えてみると今の家もいいよなあ」

この家に引っ越してもうすぐ2年になる。その前はここから歩いて数分のところ 上の子が生まれる前からだから10年と少し、私たちにはちょうどいい ちいさな家だと思っていたが 子ども達も大きくなり少しだけ窮屈になった。とはいえ私たちの住んでいる”古い借家”のかわりになるものがそうそうあるわけもなくなんとなく過ぎていった。

今思えば 私も彼もそのころから いろんなことに疲れていたのだと思う。同僚の仕事ぶりにイライラし 親同士の関わり 近所の方の言葉もうまく受け取れなくなっていた。

そんなときこの家にであった。よく陽のあたる庭がある 近くの畑から風がぬける 私たちより少し年を重ねた家。

少し予算は厳しくなったが たぶんかえられないものがあると思った。

子どもたちにはすばらしくどんどん元気になっていく。

あれほど苦手だったボールなげも 子どもたちが集まるこのあたり、 あっというまに鍛え上げられていった。(もう私ではお相手出来そうにない。)

ところが 彼はどんどん”落ちていった”

休みごとに集まる子どもの声がつらい。さわやかな目覚めを誘うはずの朝日が差し込む寝室がつらい。(といっても子ども部屋兼隠れ部屋に4人並んでねているのだけれど)

なれるまでなれるまでと 厚いカーテンをつけ 休みごとにわざと出かける用事を入れてみたりもした。

それでも結局なれることはなく 眠れない日が続き…

この家に何かあるのかと思うこともあったし この家を見つけた自分を責めてみたりもした。引っ越してこなければ こんなことには と思わなかったこともない。

そしてこの10ヶ月ゆっくりゆっくりこの家で過ごした。

近所を歩いているときに 前の家の知り合いになんどとなくあった。まるで引越しのあいさつのように。 私たちは なにかわすれものをしたままだったのかもしれない。

ときに風水にはまり大掃除大会になったり 二人分の本が増えていき ほんと笑ってしまうそうなこともあったけど

いまやっとこの家の住人になりかけているような気がする。

彼はまだ新しい地への憧れは捨てきれないし それは私もかなえてあげたいと思うのだけど もう少しこの家と語ってみたい気がしてきた。

この家も 周りの人も 毎日眺めている散歩道の風景のなにげない変化さえ今は

”いとおしい”と思える時間。すこしでも長く続きますように…

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